2012年2月9日木曜日

我思う 其の1

ブログに書ける程度のネタがなかったので、空いてしまいました。
ある程度inputできたので吐き出してみます。

私は最近すっかり読書&お勉強にいそしんでいまして、読書の内容も投資信託やドラッガーやら哲学の本を図書館で借りまくってます。
今までは仕事で箱物やインテリアのデザインをしていましたからその系統の読書になっていましたが、浪人をしていくと色々自分のダメな所を改善したいという欲求にかられ、今まで触れてこなかった分野の知識を欲するようになりました。

特に哲学については私にとって避けられないことだろうと思いました。ただ仕事のみで満足していればそういう事はなかったのだろうと。今までの自分には哲学のある仕事や生き方ができていなかったということ。単に惰性でお金を稼ぎ惰性で消費していった事実。それが今の結果であろうと思います。

多分多少欲深ければ別の人生になっていたかもしれませんが、なにせ私は基本無欲なたちであったので別に惰性でも構わなかったと。
欲深過ぎればパチンコの玉のようにどんどん吸い込まれていき、やがて気がついたら破滅までもう少しという人生にもなりがちですが、単純に辞めればいいという対処ができます。ただ、欲が無さすぎるのはどうしたらいいのかわからなくなります。なぜなら、欲という要素に興味がないのですからどうすれば興味を持てるようになるのか方法がわからなかったのです。現に私がそうでしたから。

無論全く遊ばなかった訳ではないのです。パチンコ・麻雀・車・スポーツ、単純にやろうと思ったことをして突然辞めてしまう。会社勤めも同様でした。食に対しても無頓着でした。性欲に対しても平気で2股・3股していました。寝ることにでもさえそれほど無関心でした。それだけ私は自分に対して無関心・無欲でした。

さらに鬱病発症をきっかけに色々ありました。無論死ぬことでさえいとわなかったのです。何もかもリセットしたかったのです。そこから失業をしてどん底まで落ちて無一文になり、あとはこのまま死を待つだけの状態でした。
両足地獄の沼にどっぷり浸かっていました。

でも、そのときにようやく考えることをし始めました。生き方に対して正面から向かって行こうと。

そこで足りなかったのが哲学だったのです。なぜデザインをしたいのか、どういうデザインを発信できるのか、己のデザインとは何であろうか、私がいきることによってどうやって貢献できるのだろうか、私はどうやって幸せになれるのだろうか、私がどうやって幸せにできるのだろうか・・・それが私自身の課題でもあり、私が目指しているものであり希望だろうと感じます。

我思う 終の思いを めぐらせる